誰でもログインできた「ゲス垢」の話(Fediverse Advent Calendar 2020)

この記事はFediverse Advent Calendar 2020の19日目の記事です。

 

 

かつて分散SNSには、墓場人夜という人がいた。

彼は「Mastodonはメールアドレスの収集をやめろ」と言って架空のメールアドレスでも登録出来るインスタンスを開設し(※1)、「ユーザー数でインスタンスにランキングを付けるサイトは不公平だ」と主張して自分のインスタンスのユーザー数を50万人に改竄してみせた(※2)。

また、作成した動機はよく分からないが、ブーストすると中を見ることが出来る謎の投稿システムも開発していた。面白くて奇妙な人だった。

 

当時、インスタンスごとの独自機能に大きな関心を寄せていた私は、1@2というクソみたいな文字列をメールアドレス欄に入力してとして墓場氏のインスタンスに登録した。

機能を試す為だけの登録のつもりだったが、ローカルタイムラインは日々覗いていた。するとある日、見慣れぬアカウントが現れた。

@guest という示唆的なID。真っ赤な謎の器具のアイコン(※3)。そして、プロフィールに書かれた、ログイン用のメールアドレスとパスワード。ゲストアカウント、通称ゲス垢の誕生である。

※画像はアニメアイコンだが、作られた当初は謎の器具アイコンだった。

 

メールアドレスとパスワードと公開したら、誰でもログイン出来てしまうじゃないか!

そうなのである。これは誰でもログインして良いアカウントである。SNSユーザーとしてのアイデンティティを持てない代わりに、気軽に墓場氏のインスタンスに参加できる。思い付いたとしても普通はやらんだろということを、彼はやった。なお、アカウント削除機能は使えないようきちんと設定されてた。

私はゲス垢の誕生を喜び、「天才か?」と雑な賛辞を墓場氏に送った。元々匿名サービスが好きなのだ。

これまで体験した匿名サービスは匿名同士のやりとりだったが、これは完全匿名と半匿名(=HN有りの普通のユーザー)のやりとりが可能になる。5ch風に言えば名無しとコテハンの関係だ。それが分散SNSでどんなものになるのか、どう扱われるのかとワクワクした。

知名度が低いせいか、初めのうちはゲス垢を使う人は少なかった。墓場氏のトゥートが8割を占めていたと思う。何故匿名アカウントなのに墓場氏だと分かるのかと言うと、まず文体や発言が特徴的なのと、普通に鯖缶としてのお知らせもゲス垢でやっていた為だ。それは自分のアカウントでやりなよ。

しかし時間と共に、だんだんとゲス垢を使う人は増えてきた。

さて、同じアカウントに複数の人が同時にログインするとどうなるだろうか?

答え。

交流が始まる。

ゲス垢の内部で。

 

誰かがしたゲス垢のトゥートに、私がゲス垢で応える。するとまた誰かによってゲス垢にトゥートが増え、ふぁぼもつけられる。傍目から見ると、一人で会話して一人でふぁぼってるように見える。相当滑稽だ。

実際その様子を見て、ゲス垢が自演なのか本当に複数人いるのか分からないと他鯖のユーザーが漏らしていた。私は「確かに複数人いるが、証明のしようがない」とゲス垢で答えておいた。

書き起こしてみると当然のことが起きているに過ぎないのだが、私は新鮮で楽しかった。操作もしていないのに、今ログインしているアカウントが勝手にトゥートし、ふぁぼり、ブーストするのだ。誰なのか分からないが、誰かが確実にそこに居る。「居る」ことは挙動があって初めて判明し、「居ない」ことは誰にも判断できない。アカウントが乗っ取りもきっとこんな感じなんだろうなぁと思った。

 

記録のため、ゲス垢のエピソードをいくつか羅列する。

 

・フォローを増やしたかったが誰をフォローしていいか分からなかったので、とりあえず知ってる限りの時報botをフォローした。定刻になるとFTLとHTLが時報だらけになり、「時計屋かよ」と言われる。

・当時ボカロ丼で流行っていたダイナミックコードというアニメのアイコンにしてみたところ、10分とかからず元に戻された。ゆるゆりアイコンは定着していたのに。イケメンアイコンはお気に召さなかったのだろうか……。

・ある日ログインしたらアイコンやUI全てが左右逆になっていた。誰か言語設定をアラブの国にしたらしい。壊れたのかと思った。

・スタバと言って砂場の画像をつけるという極寒ギャグをやったところ、「それは砂場」とツッコんでくれた人がいた。その人は分散SNSで一番の善人だと思う。

・ゲス垢で遊んでたら、他鯖のユーザーから「何で自分の質問に答えてくれないんだ」というリプライが送られてきた。ゲス垢のトゥートを振り返ると、確かに中途半端なところで会話が投げ出されている。もう中身が入れ替わっている旨を説明したらガッカリさせてしまった。

・他人にクソリプを送るための、「クソリプ号」というゲス垢も誕生した。中身は意外と普通で、これといってクソリプは送られてなかった。

・ユーザーがゲストアカウントを自由に作れる機能も実装され、立憲民主党なりきりアカウントというゲス垢が作られたが、殆ど使われてなかった。なんだったんだ?

・ゲス垢にフォローされると結果的に非公開トゥートが不特定多数の人に見られるようになってしまう為、ユーザーのプライバシーを守るという理由でヒーローバンクインスタンスにドメインブロックされた

 

正体不明のユーザーが跋扈する墓場氏の鯖は、気が付けば「匿名鯖」「ゲス鯖」と呼ばれるようになっていた。

インスタンスの正式名称は「メールアドレス不要でアカウント登録」とか確かそんなんだったから、通称が生まれて助かった。

体感だが、前者で呼ばれることが多かったと思う。匿名鯖の方が分かりやすかったからだろうか。それとも、ゲス鯖だと下衆っぽいからだろうか? 別に匿名でなんかやろうって時点で下衆なんだから気にしなくてもいいのに。

 

ゆるゆると平和に運用されていたゲス垢だったがそれは唐突に、しかし誰もが予想出来た結末を迎えた。

荒らしが発生したのだ。

記憶では、ぬるかる氏(mstdn.jpの創始者)オイゲン氏(Mastodonの生みの親)、pixiv(当時のpawoo運営)に対し、大量の無言リプライが連続して送られたのだ。それも、手動ではありえないスピードで。

こんな弱小鯖を荒らす為にわざわざスクリプト組むか? もっと効率的な荒らし方があるのでは? とは思ったが、荒らしに理屈を求めても仕方ない。

ネットに連投は付き物なので私は楽観していたが、墓場氏は対応しきれないと判断し、ゲス垢は凍結された。

当然、無言リプを送られた鯖からはドメインブロックされた。ぬるかる氏は「ゲス垢は面白い試みだとは思うけど、荒らしに使われるのならこっちはこう対応せざるを得ない」という主旨の発言をしていた。それはそう。

墓場氏はゲス垢を存続させる手立てを考え、いくつか案をトゥートしていたが、どれも非現実的なレベルの煩雑さ故に実装されることはなかった。ゲス垢は永遠に消えたのだ。

代わりに私はザボテクAnonymouspostを使ってみたが、ゲス垢とは使用感がかなり違い、継続使用には至らなかった。

 

その後のインスタンスの話を少し書く。

登録にメールアドレスを要求しないせいなのか(※4)、ゲス垢連投事件のせいなのか、アングラな空気が蔓延し、社会不適合者が集まる場と化した。

と書くと実に治安が悪そうだが、ユーザー数が少なく、(私の観測範囲では)他人と喧嘩する気力もないような人間ばかりだったので、いつも妙に静かな空気が漂っていたように思う(※5 )。

墓場氏の鯖はmd.distsn.org、2.distsn.org、3.distsn.org、pleroma.distsn.org、lorazepam.distsn.orgと名称を変え、プラットフォームをMastodonからpleromaへと移動しつつも継続していたが、2020年2月のある日、一切繋ぐことが出来なくなった。

DB容量がいっぱいになる度に接続が出来なくなり、鯖缶が全投稿を削除することで復活するという荒っぽい運用を繰り返していたのでその場では特に気にしなかった。しかし、何日経っても白いエラー画面が消えることはなかった。

墓場さんが分散SNSを引退したことを知ったのは、それから数週間後のことだった。

 

 

脚注

※1 新規登録時のメールアドレス入力欄そのものを無くすことは出来なかったようだ。なお、pleromaは元々架空のメールアドレスでも登録出来る。

※2 改竄したおかげで当然ランキング1位になったが、すぐにそのサイトからは排除された。ちなみに、後日鯖缶だけでなくユーザーも好き勝手数字をいじれる仕様に変更された。

※3 墓場氏に尋ねたところ農具らしい。何故農具の写真を採用したのかは不明。

※4 海外ユーザーから架空のメールアドレスで登録出来る=スパム御用達インスタンスだと評されたことがある。他鯖と比べてもスパムの数は特別多くはなかったと思うが、墓場氏が自らスパムを作成するという謎ムーブはあった。

※5 たきざわさんは除く

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