P「ちょいと一服。」
ある日の765プロライブ劇場。時間は夜7時を回った頃。
劇場事務室の扉を開く。
P「お疲れ様でーす。」
美咲「あ、プロデューサーさんっ!おかえりなさい。お疲れ様です♪」
P「あれ、美咲。なんか良いことでもあったのか?」
美咲「えへへ~。今日は次の衣装のデザインをしていて、丁度出来たところなんですよ~!」
P「へぇ…後でチェックしていいか?」
カバンを自らのデスクに置き、そのカバンから何かを取り出す。
美咲「あれ、何か用事ですか?」
P「いやぁ…今日の現場バッタバタだったから、ちょいと一服しようと思ってね。」
美咲「なんだ~そう言うことでしたか~。でも プロデューサーさん?」
P「ん?」
美咲「あんまり吸いすぎると、身体に悪いですよ~?」
P「あっははは。心配してくれてありがとう美咲。
でも、この一服がまた至福なんだよねぇ…」
美咲「もう~。社長に怒られても知りませんからね~。」
P「わかってるわかってるって。んじゃ、ちょっと屋上に行ってくるね~。」
同僚の心配をよそに、タバコとライターを手に事務室を出る。
この劇場の屋上は、開館中は開放されていて、スタッフの喫煙所にもなっている。
公演の仕込みやバラしの際は、ステージスタッフが休憩がてらやって来ることが多いが、公演のない、平日の夜。
聞こえて来るのは、少し遠目の海鳴りと、近くの幹線道路を通る車の音だけ。
時たま、幹線道路の上を走る列車の音が聞こえる程度。
P「静かだねぇ…」
箱からタバコを取り出し、フィルターについているカプセルを潰し、
年季の入ったジッポライターで火をつける。
ヒンジの開く音、フリントが擦られ、火がつく音、そして、軽やかに閉じられたリッドの甲高い音。
P「ふぅーっ…はぁ…」
半日ぶりの煙の味を堪能する。
もしこの後担当アイドルと飲みに出かけたりしたら、
「もうプロデューサー!タバコくさ~い!」って、笑いながら言われることだろう。
しかし、何度身体に悪いと言われても、考え事をしたり、
頭の中を整理するにはこの時間が必要不可欠。
このご時世においては、少し古いタイプなのかもしれないと、
少し自虐的な思考に至る。
すると唐突に、閉めていたはずの屋上の扉が開く。
P「あれ、こんな時間に…」
現れたのは、徳川まつり。
ちょっとだけ疲れたような表情が垣間見えるが、こちらに気づくと、
まつり「あ、プロデューサーさん。お疲れ様なのです。」
と、いつもの姫スタイルの表情になる。
かつての担当アイドル。徳川まつり。
今は、プロデュースからは外れたものの、彼女のマネジメントを主に担当している。
P「おっす。おつかれさん。」
まつり「プロデューサーさん、またタバコ吸ってるんです?」
P「俺は1日一箱ギリギリまでは許容量って決めてんのー。」
まつり「身体、壊しますよ?」
P「ただでさえストレスフルな仕事なんだ。大して変わんねーよ。」
まつり「…それも、そうですね。」
俺がここにいて、彼女がここに来る時は決まってこう言う会話から始まる。
年下に何心配されてんだって話だけど、そこは関係ない。
彼女達が舞台上で輝く為に、どれだけの事を犠牲にしているかを考えると、
この程度の事が些細な事に感じられる。
…それはきっと、彼女もそう感じていると思う。
まつりが静かに隣に座る。
屋上に置かれたベンチは、天気のいい日には未来・静香・翼が3人で仲良く昼飯を食ったりしている。
俺が座るのは、灰皿側の端。まつりは、反対の端にちょこんと座る。
P「何があったんだ?」
俺の言葉に、まつりは少し苦い表情を浮かべる。
まつり「プロデューサーさん、やっぱりずるいよ。」
P「なんだよ。いつものことだろ?」
まつり「…それもそうだね。」
まつりは、その日にあった現場での失敗を語り始める。
周りから見れば、おそらく「いつもの徳川まつり姫」に違いはないだろう。
だが、まつり自身が納得出来ないものは、それはもはや「姫」ではない。
そんな、些細な事を、彼女は事細かに俺に話す。
それは、嘘をついた事に対する懺悔の様にも見えて来る。
まつり「…と、こう言うことがあったんだ。」
P「なるほどね。」
一通り話し終えたまつりは、少しだけ表情が明るくなる。
まつり「…もっと頑張らなくちゃね。」
P「それは大事だ。…でも、見失うなよ。」
まつりは、その言葉を聞くと、すっと立ち上がり。
まつり「…ありがと。もう大丈夫なのですよ!」
と言って、スキップしながら階下へと戻っていった。
一人取り残された俺は、話の内に灰となったタバコを灰皿に放り投げ、
P「…もう一服していくか。」
再びタバコを取り出し、使い込んだジッポで火をつける。
さっきより少し苦い煙を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。
P「…見失っても、見つかるだろうさ。」
一人呟き、静かな屋上から見える風景を楽しむ。
特になんて事のない会話。
特になんて事のない日常。
そんな日常も、彼女たちにも、俺にとっても、大切でありますように。
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